判断力を身に着ける2
こんばんは。宮澤です。
今日は前回のお話の続きです。
前回は判断力の初歩は「如何に自分を大事にしているか」というお話でした。
今日はそれからグンと難易度が上がって、判断力の発展形のお話をさせていただきます。
判断力の出発点はまず、「自分が何を大切に思っているか」という「自分」から始まるといいました。
そして、次が「自分以外」
いわゆる「世界」をどう理解し、どう折り合いをつけるかが
判断力の大事な要素になります。
自己の対義語は他者でしょうか。
この地球という星で、社会の営みの中にいる限り、自分だけを考えて、自分だけを優先して生きていくことは不可能です。
我を通し過ぎると爪弾きにあい、村八分の状況に追いやられてしまいます。
まぁ、それすらも自身の望みと捉える世捨て人はいらっしゃいますが、ほんの少数です。
金八先生ではないですが、人と人との間が人間です。
この「他者との関係」というものが、判断力を語る上で必要不可欠な要素になっています。
要は自分以外をどう捉えるか、ということです。
他者とはいっても一枚岩ではないので、一括りにできるものではなく、あらゆる考え、立場の人がいます。
それぞれの主義主張をどう捉えるか。どれを取捨選択するか。
合理的に損得勘定の視点で見るか、感覚的な好き嫌いの視点で見るか。
世界に対しての判断が問われます。
ここで大事なスタンスがあります。
それが「中庸」です。
「自分が大切と思う考え」と「周りが大切と思っている考え」
それが必ずしも一致するとは限りません。
我々は得てして、我を通すか、我を折るかの2択で物事を考えがちです。
自分に寄るか、他者に寄るか。
互いを天秤の両端に身を置いて、善悪、正しい間違っているを議論し、シーソーゲームにのめり込み、争いになる。
それが対立思考。
一方で、どちらにも寄らず、天秤の真ん中に立つこと。
それが「中庸」です。
中庸の視座に立ったときはじめて、自他それぞれの思考の殻を脱ぐことができます。
そして自と他を両脇に置き、並行に並べて考える。
それが並列思考。
対立思考は真正面から向かい合うからぶつかるのです。
並列思考は隣通しでお互いに同じベクトルを向きながら前進するのでぶつかることはないです。
これは互いを認め合って昇華していこうという意思が前提条件です。
すると、自他の2つは私たちの遺伝子配列のように螺旋となり、結い合わさり上昇していきます。
この中庸のスタンスが、判断力の発展形です。
臭いものには蓋をして、自分が心地よいことだけにフォーカスすれば、
全てが上手くいくというスピリチュアルは半分だけ正解で
それは初歩中の初歩でしかないということです。
むしろ一方だけに肩入れしているので対立構造のエネルギーに拍車をかけてしまい
争いを増幅させる手伝いをしてしまっています。
真のスピリチュアルは自他を知ること。受け入れること。
そして、それぞれを切り離して、2つの矛盾を結い合わせることが大事なのです。
自と他を己の心から切り離す思考が出来た時、
自と他を無条件で受け入れる思考が出来た時、
真の判断力を手にする準備ができます。
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